大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2663号 判決
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〔判決理由〕二 <証拠>によると、以下の事実が認められる。
(一) 被告博文は、内気、優柔な、所謂はつきりしない性格であつて、本件出来事のあつた昭和四三年一月頃は、大阪市に来て未だ一年も経過していなかつたため、田舎者の鈍重さが脱け切つていなかつた。
(二) 昭和四三年一月一三日午後五時頃被告博文は訴外会社の同僚と映画を見に行く約束をしていたので、待合せ場所である阿倍野の近鉄百貨店付近に行つたが、同僚の姿が見えなかつた。そこで映画館に行き同僚を呼出そうと考えたが、阿倍野付近の地理に不案内であつたので、折柄通りかかつた原告およびその連れである平岡某(暴力団山口組系の一谷組組員と自称していた。)に映画館の所在を聞いたところ、「人にものを尋ねるのに態度が悪い」と激しい口調で罵られ、更に「車で話そう。」といわれて、原告らに引張られるようにして、原告が付近に駐車させていた原告の乗用車に連れ込まれた。
(三) 乗用車には当時の、原告の内縁の妻の弟である藤本正助もいて、被告博文は三人の男に囲まれて逃げることもできなかつた。走り出した車の中で原告は被告博文に対し勤め先を聞き、名刺を出させ、薬品会社に勤務していることを知ると、「薬を持出せ。自分が流してやる」等申し向けて、小心な同被告をますます困惑させた。車は一旦都島付近のパチンコ屋の前で停車し、二階の喫茶店等で小憩した。その後原告は被告博文が、「もう遅いから帰らせてくれ、どう帰つてよいか分らないから、どこかへ行くなら送つてくれ。」と頼んでいるのに、「奈良まで付合え。」と命じ、恐さで抗う気力のない被告博文を乗車させ、前記平岡藤本と共に奈良に向け疾走した。
(四) 奈良で用事をすまして大阪への帰途、すでに一月一四日になつていたが、原告は被告博文に対し自己が運転する乗用車を、二〇万円で買取るよう執拗に要求した。同被告が「金がない」というと、「薬を売ればよい。」とか、「親に出して貰え。」といい、同被告が本来の小心、優柔さから、はつきり拒絶しなかつたため、原告は一方的に同被告が買受けを承諾したものときめてしまつた。被告博文は同日被告信子とデートする約束であつたので、原告に頼み午後一時頃持合せ場所である大阪駅東口前地下街入口付近まで車を運転して貰つた。被告博文としては同所で原告らから離れたいと思つていたが、待つていた被告信子と会い二、三言葉を交す間もなく、前記平岡が来て二人共乗車するよういうので、止むなく被告信子と共に再び乗車した。そこで原告が、代金二〇万円の調達を親に頼めと迫るので、被告博文は一時逃れにこれを承諾した。結局当該乗用車で同被告がそのまま高梁市の被告長市のところに代金調達のため行く破目になつたが、原告は自動車の貸賃として三万円を要求した、被告博文は原告に頼んで知合宅を二、三か所車で廻つて貫い、やつと二万円を工面して原告に支払つた。そして一六日に代金を支払うことを約束させられ、一人で右乗用車を運転して高梁市に向つた。高梁市の実家に着いたものの、もともと原告の乗用車を買取る意思はなかつたので、自動車代金のことは父である被告長市に切り出さず、そのまま翌一五日実家を出発し大阪に向つたが、途中追突事故を起したため、勤務先の訴外会社に帰着したときは約定の一六日は経過していた。
(五) その前後を通じて、訴外会社に原告から被告博文に対して電話が拘つて来たり、原告らが右被告に面会を求めて訴外会社を訪ねて来たりしたので、同被告は処置に窮し、右訴外会社の社長に事情を打ち明け善後策を相談した。そこで父被告長市が呼び出され、また被告博文を訴外会社え就職の世話をした訴外浜恒雄同米山甫も召集され、協議の結果警察に相談することに一決した。被告博文同長市は警察の仲介援助で乗用車を買取らずにすむ形で問題を解決して貰おうと考えたものであり、訴外恒雄と共に昭和四三年一月一八日頃阿倍野警察署に赴いた。右被告らは警察で事情を聞かれたが、被告博文は小心なうえ、当時未成年で、警察での調べは始めてであつたので、畏縮したため、供述に若干そごする点や、あいまいな点があつたが、大略前記(一)ないし(四)の事実の骨子を供述した。係官は前記二万円の交付につき原告に恐喝の容疑があると考え被告博文に右事実につき被害届を出すことをすすめたので、同被告はこれも問題解決の為必要な手続であろうと判断してこれに応じた。その頃原告より被告博文に一月一八日の午後三時頃に阪神電車抗瀬駅に来いとの連絡があつたので、同被告はそのことを係官に告げた。同日右時刻頃被告博文が右駅付近で待合せていたところに、原告が来り、待機していた阿倍野警察署員に逮捕された。
(六) 原告は逮捕に引き続き勾留され、九日間拘束された。取調べの結果警察では、重要関係人である平岡某の所在が不明で取調べることができなかつたことと、被告博文の供述に前記のとおりそごする点、あいまいな点があつたので、十分心証を得ないまま事件を送検した。検察庁では証拠不充分として原告を不起訴処分にし、身柄を釈放した。その理由は警察と同じ理由で有罪の心証を得られなかつたことによると思われる。
以上の事実が認定できる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できない。
三 右認定事実によれば、
(一) 被告長市、同博文は、警察の仲介援助で乗用車を買取らないですむ形で問題を解決して貰おうと考え、警察に出頭し事情を申述したのであつて、二万円の交付につき原告をして刑事処分を受けさせる目的で事実を申告したものでないことは明らかである。もつとも被告博文は被害届を提出しているが、これも係官のすすめにより、問題解決のため必要な手続と考えたためであつて、特にこれにより原告をして刑事処分を受けさせようとの意図はなかつたことも前記認定のとおりである。
(二) また被告長市も、同博文も虚偽の申告をしていないことが明らかである。もつとも被告博文の警察での供述には、前記事情により、そごする点、あいまいな点があつたが、骨子としては真実である前記三の(一)ないし(四)のとおりに供述しているのである。
したがつて被告長市、同博文が原告を誣告したことはない、というべきである。 (野田栄一)